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出羽三山神社と精進料理

いま、山形から・・・ 山形日和。 自然の中で心を開き、山の食物をいただく。 出羽三山神社と精進料理(鶴岡市)

 ミシュラン・グリーンガイド・ジャポンに「杉並木」「三神合祭殿(さんじんごうさいでん)」「斎館(さいかん)」などが紹介されている羽黒山(はぐろさん)。自動車道ができて便利になった現在でも、長い石段を上り参拝することの意味を、出羽三山神社 禰宜(ねぎ)の吉住登志喜さんに伺いました。そして羽黒山参籠所(さんろうしょ) 斎館からは、世界から注目を集める精進料理をご紹介します。

 

見出し①

 蜂子皇子(はちこのおうじ)の開山から1400年。私達の生活もコミュニケーションの仕方も大きく変わりました。羽黒山にも有料自動車道が整備されましたが、羽黒山参りでお勧めしたいのは、やはり羽黒山表参道である随神門(ずいしんもん)から2446の石段を登る道です。

樹齢300~500年の杉並木が生い茂っている。

 緩やかな石段を一段一段、1時間から1時間半ほどかけて上って行くと、心地よい疲れとともに充足感が満ちてきて、山からの清々しい空気や風を感じることができるようになってきます。

 「身体に山のエネルギーが満ちてくると、心が開く。ひとつひとつの石段にまで、感動できるようになります。感謝の気持ちがないと心は開かず、心に何も入らずに帰ってしまうことになる」と吉住さん。

石段には所々に彫刻が。(写真は盃とひょうたん)

 「テレビやインターネットの普及で、いつでも居ながらにして世界遺産などの素晴らしい画像が見られるようになりました。その結果、五感の中の視覚ばかりに頼るようになり、その他の聞く、触れる、嗅ぐ、味わうという感覚が退化している。五感を研ぎ澄ませて初めて体得できる感覚が弱くなっていると感じます」と吉住さんは言います。

 「神社やお寺は敷居が高いと言う方もいますが、私たちの先祖が築き、心のよりどころとして、大切にしてきた場所なのです。人間って弱いんです。親や兄弟、友人など、周囲の誰にも心を開くことができなくなることもある。心の折れる前に支えになるのが、感謝の気持ち。朝、神棚に手を合わせれば、自然に感謝の心が生まれ、良い気分になれる。感謝の気持ちを持っていれば、周囲の人が受け入れてくれるのです。自分がエネルギーを持っていれば、相手も近寄ってきてくれる。ここは、そういうエネルギーを蓄えることができる場なのだと考えています。」

 

三神合祭殿でのお参りの仕方

 石段を登り終えると、迫力のある「三神合祭殿」が迎えてくれます。月山(がっさん)湯殿山(ゆどのさん)の二つの神社は、標高が高い場所にあり、冬期間は積雪によりお参りすることができないため、羽黒山を合わせた三つの神社の神々を大社殿(だいしゃでん)(まつ)っているのです。

茅葺の建物としては日本最大級の大きさ。

 茅葺(かやぶ)きの屋根の大きな社殿には三つの扉が並んでいますが、最初にお参りをするのは、中央にある主峰月山から。月山が表すのは前世(過去)で、次は向かって左側の現世(現在)を表す羽黒山、最後に右側の来世(未来)を表す湯殿山の順にお参りします。

 「お参りをする際に忘れてならないことが三つあります。一つ目は感謝の心。今日、この場所に来られたこと、三度のご飯を食べられること、これまで無事に生きてこられたことなど、今の自分と向き合って感謝します。感謝の気持ちを伝えてから、願い事を。二つ目は、欲張りなお願いではなく、平穏な日常を送れるようお願いした上で、子どもの受験や家族の健康などの特別な事柄をお願いすること。そして三つ目は、その願い事がかなったら、お礼のお参りとして、再び同じ場所を訪れることです。」と吉住さん。大切なのは、感謝、感謝、感謝の心のようです。

 

心ひかれるままに、お参りを

 広い境内には、平安・鎌倉時代から人々が願いを込めて鏡を奉納したという御手洗池(みたらいいけ)(鏡池)や、開祖・蜂子皇子を(まつ)る神社など、様々な場所があります。その時々に気持ちの赴くまま歩いて、お参りしてみてください。

出羽三山神社 禰宜の吉住登志喜さん。

 羽黒(山伏)の里では、亡くなった人の魂は山に上がって成仏できると言われ、それらの先祖が供養されているのが霊祭殿です。「1400年前、羽黒には農耕文化もなく、疫病で多くの人が亡くなっていたのを、蜂子皇子が羽黒山に来られ、多くの民を救いました。平成23年の東日本大震災では、信仰区域としてきた東日本から多くの方が来られました。遺体が見つからない方でも、『きっとここにいるよね』と。若い方々も心のよりどころとしてくださいました。先人たちが残したもの、歴史の重さと尊さを勉強させていただいた思いです。被災地の皆さんは今もまだ多くが仮設住宅に暮らし、従来のコミュニティの分断やそれに起因する孤独死など様々な問題を抱えています。まだまだ、蜂子皇子の力が必要です。この度のご開扉を機に多くの参拝者が訪れ、宗派の枠を超えて被災地のために祈ってくださっています。それが被災地の方々に届いて心の支えになれたらと思います。まっすぐに生きる人たちを支え、エネルギーを授けるのが神社の使命なのだと考えています」吉住さんの言葉から、140年ぶりに蜂子皇子のご尊像を開扉した出羽三山神社の方々の、熱く優しい気持ちが伝わってきました。

※蜂子神社について詳しくはこちら(4月18日掲載の特集記事) ※御開扉は終了しております。
http://www.pref.yamagata.jp/ou/somu/020026/mailmag/series/season/haguro.html

 

羽黒山に伝わる精進料理

日によって内容が異なる精進御膳。山伏の食事に近いという膳もあり。
精進料理をいただくことのできる斎館。江戸時代に建てられたもので、参拝客の宿泊所・食事処です。

 羽黒山には、山伏が食べていたという多くの種類の精進料理が伝わっています。日によって食材が異なり、春はお膳の上が緑色になるそうですが、今の季節はキノコが中心です。この日のメニューは、舞茸と厚揚げの煮物、胡麻豆腐のあんかけ、煎りなめこ、季節の野菜の天ぷら、カサノモト(菊)の酢の物、カラトリ(ズイキ)の胡麻みそ和え、イタドリとトマトの酢の物、鶏肉のような食感の、ぶなかのか(キノコ)の和え物、あけびの皮の煮物、きのこの味噌汁など。

斎館の中の勅使(ちょくし)の間。(神社行事が優先されるため、お部屋の指定はできません。)

 もともと、自給自足だったという山伏の食事。昔はその日に採れたものを、その日のうちに生のままで食べていたのが、だんだんと火を通す調理方法も取り入れるようになりました。生では食べられないアクの強いものも、おいしく食べる方法を探して、塩漬けや乾燥により保存するようになり、山に来られた方に振る舞うようになったのだとか。料理の名前(別名)に山伏の間だけで使われる隠語を付けて、修行のことなどを説明するのにも使ったそうです。
 2011年には、国際交流基金による食文化交流事業の一環として、フランスとハンガリーで羽黒山伏による山伏文化の紹介と斎館料理長による調理デモンストレーションが開催され、精進料理の背景にある「庄内の豊かな自然」と「羽黒修験道の精神」を凝縮した味が絶賛されました。今後も2015年にイタリア・ミラノで開催される国際博覧会への参加が予定されるなど、精進料理は世界でも注目を集めています。
 

この地で採れた、この地だけの食べ方

大きな樽に漬けられたなめこ。
米糠に漬けられたイタドリ。
料理長の伊藤新吉さん。以前はレシピが門外不出だった精進料理ですが、現在は料理教室などでも教えているのだそうです。

 食事に必ず入っている「胡麻(ごま)豆腐」は、その日に食べる分を、毎日早朝から作り始めます。1度に40人分を作るそうですが、ずっとこねているため、力のいる作業です。100人分の予約が入れば、それを3回繰り返すことになります。胡麻豆腐にかけるあんも、その日に使う分を毎日作るのだそうです。 斎館では基本的にその日に山で採れたものを料理に使い、その日に使わないものは塩漬けなどにして保存しています。春から初夏までが旬となる月山筍(がっさんだけ)は水煮してから瓶詰加工し、1年を通して食べる人気食材です。

 イタドリはアクが強く生のままでは食べられないため、一度塩漬けしてから米糠で二番漬けをし、食べるときに水に戻してから調理をするそうで、採れてから食べられるまでに、早くても3週間はかかるそうです。これから冬になると、様々な知恵で保存された豊富な食材がお膳に登場するそうですよ。

 

取材協力

出羽三山神社 Tel.0235-62-2355
 http://www.dewasanzan.jp/
斎館(食事は予約制) Tel.0235-62-2357
羽黒町観光協会(宿坊のご案内) Tel.0235-62-4727

 


 

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